エッセイ 女王様の退屈

第4章 スイスの離婚


友人Hは夫婦で宝石商を営んでいる。

私達が同じ市に引っ越してきた頃は、まだ骨董店をやっていて、骨董好きの女房が立ち寄ったのがきっかけでお付き合いが始まった。

実はH氏の奥さんは2度目の結婚で、傷心旅行で行ったアフリカでカメラマンをしていたH氏と知り合ったのだった。

ある時ひょんなことから、一緒にスイスへ旅行することになった。

あ る町のとてもユニークなお祭りを見に行くことになったのだ。彼らは商売柄、宝石の買付や加工でしょっちゅう香港やヨーロッパに出かけ ていて、いわば海外旅行のベテランだ。私達は新婚旅行のときツアーで出かけたぐらいの経験しかなく、飛行機のチケットの購入など全面 的にH氏にお願いすることにした。この時、飛行機という物は全てが時間通りに飛ぶのではなく、客の人数が少ないと飛ばないこともあり 、数日前にそのことを確認するのだ( reconfirm )という話を初めて聞いた。

スイスのカーニバルはとてもおもしろく、あっと言う間に時間は過ぎ、そろそろ帰ろうというときになって、お昼のお茶を飲みながらH氏 は私に訊いた。

「ねえ、もうリコンは済んだ?」

私は慌てた。知らぬ中ではないが、他人から、いきなりの切口上で、離婚のことを聞かれるとは思ってもいなかった。

私はしどろもどろになりながらも、やっと口を開いた。

「いや、まだ・・・。何回かしようとは思ったけど・・・。」

「そうだろうと思った。俺達、今からやるんだけど、ついでだから一緒にやっといてあげるよ。」

H氏の奥さんは隣で平然と雑誌か何かを読んでいて、離婚という言葉に動揺のかけらも見せていない。

『エッ、あんたたち、また離婚するの。』と思いつつ、

「でも、人に頼むものでもないし・・・」

「大丈夫だよ。俺達慣れてるから。それに電話1本で済むことだし。」

私は面食らった。『そりゃ、あんたたちは離婚なんて慣れてるかも 知れないし、あんたたちがやる分には別に止めるつもりもないけど、だからと言って私ら夫婦まで一緒に離婚しないといけない理由はないだろうに』と思ったものの、

一方で、『さすがヨーロッパは進んでいるなあ。離婚するのに電話1本で済むんだ。』と感心していたら、

女房は、「やっといてもらいましょうよ。どうせしないといけないことだし。」

『おいおい、お前はそんなつもりでスイスに来てたのか?ということは、お前ら全員グルか?』

私の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。妙なことかも知れないが、複雑な想いと裏腹に、私はその場の雰囲気で

「じゃ、おねがいしよか。」と返事していた。

かつて何回か離婚を考えたことがある私としては 、ことの成りゆきで離婚することになっても後悔はするまいと腹を決めることにした。

いうまでもなく彼は流暢な英語で航空会社に電話し、帰りのフライトを確認した。

彼は私に向かって「帰りの飛行機は大丈夫だって。」私は彼の親切に礼を言いつつ自分の勘違いにそっと胸をなで下ろした。

少し残念だった気もするが。



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